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有機農業で危機を脱出
有機ビジネスが世界的に急成長している。中でもラテンアメリカは470万ヘクタールと世界の有機栽培面積の21%を占め、先進国向けの輸出認証制度の導入も進んでいる。
しかしグローバル化のすう勢に背を向け、地産地消と自給をキーワードに、当たり前の食べ物として、有機農産物を全国民が食べられる政策を推進している国がある。カリブ海の真珠といわれるキューバだ。
キューバは人口1,100万人。国土面積1,100万ヘクタールの海に囲まれた島国で、コメを主食とする。1959年の革命以来、社会主義の理想を絵に描いたような福祉政策の充実を図ってきた。
しかし、こと農業に関しては換金作物供給国の位置に甘んじていた。砂糖を中心にタバコ、柑橘類などを輸出し、自給率はわずか43%。主食のコメについても、飛行場まで備えた大規模農場で、空から農薬を散布し、大量の化学肥料による生産を続けてきた。
しかしソ連の崩壊と米国の経済封鎖の強化によって、90年代のキューバは飢餓地獄に直面する。輸入食料は半減し、農薬、化学肥料の8割が失われた。石油不足でかん水ポンプやトラクターも動かせず、作物は畑で枯れ、配合飼料を失った家畜は次々と餓死した。
この未曾有の食料危機の中、指導者フィデル・カストロは「脱近代農業宣言」を行い、国全体を有機農業へとシフトさせ、落ち込んだ農業生産をそれまで以上に高めた。
この転換は、飢餓に直面する中での非常措置だった。だからこそ、地域内自給と無農薬・無化学肥料で生産できるための技術開発、支援措置が何よりも優先された。
ないない尽くしの中で、IPM(総合的病害虫管理)をベースに、在来天敵や土着菌を活用したバイオ農薬の開発や、微生物肥料の普及が進められた。300を越すバイオ農薬センターの建設、農場に張り付く現場指導員、大学でのワークショップ、教育セミナーなど、至れり尽くせりのサービスで農家のやる気を喚起した。
ハバナ州のルイス・ロメロ氏は経済危機を契機に、国の研究所を退職して帰農した。50アールの水田は牛で耕す。
「有機農業は難しく草取りも大変ですが、肥料が牛から得られますし、なによりも家族が食えるのが最高です。病害虫で稲が全滅したときには政府や研究所が指導してくれ、今は無害なバイオ農薬を使っています」。月収は900ペソ(約3,900円)と研究員時代の3倍になった。
「キューバは飢餓問題に対して何かをなしえた唯一の国だ。何十万もの人民が有機農業での食料生産の訓練を受け、人民と国の健康は劇的に改善された」。カストロが語るように、ヤシの木に囲まれた水田の上は、日本ではめっきり減ったトンボが飛び回っていた。
(東京都産業労働局農林水産部食料安全室・吉田太郎)
(2004/07/23)
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