連載企画
スイス農業のいま【1】

直接所得補償--条件不利ほど手厚く

 どれだけ山道を上っていっても、一面に手入れの行き届いた牧草地が広がる。人が転げ落ちそうな急傾斜地にさえ、牛やヤギがゆったりと牧草を食む姿がある。山肌に農地が張り付くように展開する、これがスイス農業の特徴だ。

 「政府の農業政策に満足しています」。スイス南部のレンク市で酪農を営むウェルナー・クーネンさん(64)は満足げにこう語る。クーネン牧場は標高1,500メートルの山岳部で、生乳出荷を主体とした酪農を営んでいる。夏場は17ヘクタールの牧草地に搾乳牛12頭を放牧し、年間5万キロリットル弱の生乳を絞る。飼育頭数が少ないのは、国の政策で面積に応じた割り当てが決められているためだ。

 12頭という牛の数を聞くと、これで専業経営が成り立つものかと首をかしげる人も多いのではないだろうか。もちろん、生乳出荷だけの収支はほぼプラスマイナスゼロ。クーネンさんの農業経営は政府からの助成金に支えられている。その中心となるのがスイス農業政策の屋台骨とも言える直接所得補償制度だ。

 スイス政府による直接支払いの歴史は、すでに50年以上の実績を誇る。現在実施されているのは3つの支払いタイプに分けられる。基本は面積に応じて支払われる一般型で、作目ごとの規模要件さえ満たせば、すべての農家に支給される。1ヘクタール当たりの単価が決まっており、120ヘクタールまでが対象となる。

 これに加え、中山間地などの条件不利地域と、動物や環境に配慮した農法に対しては金額が加算される。支払額の算定に当たっては、標高や飼育頭数、生物多様性への配慮などに応じ、細かい計算式が定められている。山のほぼ頂上部で少頭数経営を採用するクーネンさんのような農場では、一般型+条件不利地域加算+環境配慮加算のすべての直接支払いが受けられることになる。

 これらすべてを合わせ、クーネンさんが年間に受け取る金額は6万フラン(約530万円)にものぼる。スイス農業局の調査によると、スイス国内の農家が年間に受け取る直接支払いの平均額は、平地部で約380万円、山間部では約550万円。スイス国民の1人当たり所得が約410万円であることを考えると、スイスの農業者がどれだけ多くの所得補償を国から受けているかが分かる。

 年金が始まる65歳には支給が停止されるため、64歳のクーネンさんも来年からは経営を息子に譲る予定だ。こうしてスイスの農業経営は親から子へと引き継がれていく。

(2005/10/07)


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