連載企画
スイス農業のいま【4】

農業の新たな役割

 前回までは国による農家への所得補償や、民間と一体で展開する環境保全型農業への支援について触れてきた。スイス政府が直接支払いに費やす金額は2,400億円と、農業予算の3分の2を占める。このような手厚い政策は96年に成立した新農業法に基づいている。

 スイスは直接政治を好むお国柄。建国の様子を描く絵画にも国民投票の風景が描かれるほどだ。新農業法も96年6月の日曜日、国民の直接投票により、4分の3以上の賛成をもって迎えられた。これからのスイス農業の目的として、食料の安定供給のほか、自然環境の保全や地方への定住促進などがうたわれている。

 スイス農業局のトーマス・マイヤーさんは新農業法の成立についてこう語る。「国民の求めに応じる農家には、対価を支払う気持ちがあるという意思表示です。手入れされた景観や生物の多様性などは、世界市場で買えるものではありません」。

 戦後しばらく、スイス山岳部の農民は国の存亡を握る存在だった。食料不足の中でチーズという良質のタンパク源を供給する生産者であり、ドイツ、イタリア、フランスという大国に囲まれた国境を守る防人だった。

 しかしヨーロッパ社会の統合が進み、93年にはEUが発足。食料事情も安定するに至って、農家の存在意義が問われることになる。そこで観光収入につながる景観の維持や、自然環境の保全が農家の役割として持ち出されるようになった。

 しかし、新農業法を受け入れたとはいえ、国民が今の農家の待遇を十分納得しているかは難しいところだ。チューリッヒ市内で新聞社に勤める30代の男性は「自分たちはもう山の上で何が起こっているかも分からない。それなのに政府から500万円近くもらう農家に不満がないわけないじゃないか」と言う。

 加えてスイスの食料は総じて価格が高い。高関税により、外国からの安い農産物の流入をコントロールしているためだ。これは有機農法が生産者の間に広がる理由にもなっている。「スイスは国境が近く陸続きのため、国外へ買い物に出てしまう消費者も多い。それをつなぎ止めるためには、高付加価値な商品作りに特化するしかない」(コープのソープ・ギード店長)という。

 スイスの農家数は減少の一途をたどっている。90年の9万3,000戸から3割の農家が消え、全人口の4%を割り込んだ。日本でも07年からは農業予算を直接支払いの方向にシフトさせる予定だ。スイスも日本も、先進工業国での農業のあり方を探り続けている。(おわり)

(2005/11/25)


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