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東日本大震災

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認定農業者の姉妹 復旧農地で耕作開始 岩手・山田町 木村美由紀さん・優喜恵さん

 東日本大震災で被害を受けた農地の復旧工事が少しずつ進んでいるが、機械施設の流失や高齢化が進み、復旧後の活用が新たな課題となっている。岩手県山田町では、ともに認定農業者の木村美由紀さん(35)と優喜恵さん(25)の姉妹が名乗りを上げて耕作を開始。地域の期待を集めている。

 山田町では昨年5月、被害を受けた海岸沿いの大沢地区3.7ヘクールと、大浦地区2.3ヘクタールの水田を震災復旧事業で整備した。津波で押し流された漁船や住宅、がれき、汚泥などが散乱し、撤去する必要があった。
 現状に回復したあとは農地として活用しなければならないが、漁業が主の農漁家が所有する農地は遊休化していた。30人以上いる所有者は家を流され、機械も流失。仮設住宅暮らしや、町外に出た人もおり、農業の再開は無理だった。
 そこで白羽の矢が立ったのが、町内で作業受託を含め、水田農業約40ヘクタールと和菓子の加工などを手がける木村さん一家だ。農業委員を務める木村良一さん(64)と妻の佐智子さん(60)、長女の美由紀さん、四女の優喜恵さんの4人家族。良一さんと美由紀さん、優喜恵さんも認定農業者だ。
 昨年、農業改良普及センターから、復旧した水田を使ってくれないかと相談された良一さんたちは、悩んだ末に引き受けることにした。津波で、良一さんの姉は行方不明となり、親せきも9人亡くなった。良一さんは「同じような苦しみを抱えた人たちに、自分でやれとは言えない」と話す。
 大沢地区は優喜恵さんが、大浦地区は美由紀さんが利用権を設定して取り組むことにした。打診されたのが田植え時期が過ぎた5月だったため、大豆を植えた。稲作用の機械しかなかったため、播種機などの機械も新たに購入した。
 「大変でしたね。湿田で機械は入らないし、石は出てくる。雑草もすごかった」。美由紀さんは、本気でかからないとやれないと思ったという。
 表土が流された田もあり、普及センターに頼んで客土してもらった。本来なら6月初中旬には行う大豆の播種が下旬から7月にずれ込んだ。耕起できず、どろどろの状態でまいた田もあった。一部の田は、普及センターが播種の方法を地域の人に公開しながら手伝ってくれた。結局、作付けできたのは大沢地区が70%、大浦地区が65%だった。
 秋の収穫も大変だった。米専業の木村家には収穫機械も乾燥機もない。これを知った、被災地の農業支援をしている県認定農業者連絡協議会が、コンバインをトラックに積んで駆けつけた。1週間泊まり込みで手伝い、そのまま乾燥・出荷までしてくれた。機械が入らないところは、普及センターが手刈りで手伝ってくれた。
 美由紀さんは「1年やってみてどうすればいいかわかった。早く米を作りたい」と話す。「前向きですね」という問いかけに、「目は前にしかついてないからね」と明るい。

写真説明=認定農業者が3人いる木村家では、それぞれが担い手。後列左が美由紀さん、右が優喜恵さん

 [2013-2-15]