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動き出す 農地利用の最適化

 本格的な新体制移行となった昨年から新たな年を迎え、各地で農業委員会による「農地利用の最適化」が動き出した。待ったなしの農地の集積・集約化では、担い手への農地集積に加え、隣接する農地をまとめる面的集約も進む。農地中間管理機構とも連携し、より担い手の立場になった活動を展開中だ。

 平野部の栃木県足利市の県(あがた)地区は、2015年に農地中間管理事業を活用して地区農地の4割近い25ヘクタール(248筆)の利用権を動かした。これにより分散錯圃の多くが解消され、担い手が使いやすい形に集約。この「農地の大移動」を主導したのが、地区の担い手でもある足利市農業委員会の会長職務代理・長谷川良光さん(60)だった。
 長谷川さんは担い手と地権者でつくる足利市県町農地利用効率化推進協議会の会長に就任。担い手が中心となった話し合いを実質1週間という短期間でまとめ、21人の担い手に農地を再配分した。「あの圃場はどういう土壌や水はけか、誰に頼めば動くのか。こういったことを知るのは地域の担い手だからこそ。担い手が中心にならなければ絶対にうまくいかなった」と振り返る。
 農地賃貸借契約の合意解約や中間機構への貸し付け同意などの事務手続きが始まったのが2015年の10月16日。10月末までに中間機構へ貸し付ける農地を確定させなければ、この年の事業利用に間に合わなかったため、この間は突貫工事だった。長谷川さんは農作業が終わってから毎晩日付が変わるまで、市の農政課と協力して権利移動の案を練った。担い手や地権者の人間関係を考え、説得に当たる人も采配した。
 集約は、すでにまとまっている圃場を中心にして、周辺農地の利用権を移していった。ビニールハウスなど動かせない場所はその周囲に寄せた。ただまとめるだけでなく、作業時期が分散するように、集約地は水路に沿って分散させた。こうした作業を21人の担い手ごとに行った。
 再配分で心がけたのは平等性だ。いくら圃場がまとまるとはいえ、担い手は耕作地を変更しなければならない。面積はもちろん土壌や水はけまでが変わるため、圃場の条件が悪くなる可能性もあった。
 そのため、できる限り現在の耕作面積に近づけながら、圃場条件では地域集積協力金を使ってバランスを取った。例えば、麦との二毛作ができない農地を引き受ける担い手には、最大で10アール2千円を10年間分支給した。
 新たに結ぶ中間機構との賃借料(10アール8千円)と、従来の賃借料に差がある場合は差額を補てん。下がる場合は地権者に、上がる場合は担い手に、契約の残り期間分の差額を支払った。地域集積協力金や経営転換協力金の対象とならない地権者にも、協議会が受け取った地域集積協力金を分配して、「誰1人として損をしないように」(長谷川さん)と心がけた。
 こうしたきめ細かな配慮が短期間で農地を動かす原動力になった。長谷川さんは条件の悪い農地でも引き受け、担い手の不満解消に努めた。「分散した圃場には地域のみんなが困っていた。便利になったという声を聞くとやってよかったと実感する」と話す。
 地権者の了解が得られたところでは担い手自ら畦畔を取り除き、1枚を拡大。作業効率は大きく向上した。地域共同で水利作業をする「あがたんぼの会」が発足するなど、地域の一体感が高まる効果もあった。
 長谷川さんは農業委員として4期目。昨年7月の体制移行で会長職務代理になった。「農業委員は農業を取り巻く環境を作っていくのが仕事。担い手として受けた恩恵を地域に還元していきたい」と話す。

 都市部の愛知県名古屋市農業委員会(岩田公雄会長)でも同事業の活用が進む。市南西部の港区南陽地区では、中間機構を通じた貸し付けの申し込みが2016年度に143ヘクタール(1933筆)、2017年度に23ヘクタール(319筆)と広がった。農業委員は土地改良区の理事長、JA、中間機構、市、県とともに、地域への事業説明会や七つの土地改良区ごとに策定する人・農地プランの話し合いに参加。地域の合意形成に加わり、農地の権利移動を後押しした。
 南陽地区は約300ヘクタールの水田地帯。1959年の伊勢湾台風からの復興をきっかけに基盤整備が進み、水田は1枚が0.5〜1ヘクタールと大きく、用水路もパイプライン化された。それに伴い、地区のほぼ全員がJAに農作業を委託する「集団栽培」に移行した。JAを担い手とした農地の効率的利用は当時から完成していた。
 ただ、こうした体制が整っていただけに、地区では後継者の農業離れが深刻だった。そこで、2016年10月にJA出資型法人の(株)JA名古屋ファームが誕生した。農家戸々との委託契約を農地の利用権設定に変え、恵まれた生産基盤を安定的に引き継ぐことを狙った。
 地元が南陽地区の岩田会長(62)は土地改良区の理事も務め、地元への説明で先頭に立ち、中間事業の利用を呼びかけた。法人が動き出した2016年度は地区の水田4254筆のうち約半数の1933筆から利用権を集めた。農業委員会が体制移行した本年度もこの動きが続いている。
 事務局では「この地域では大都市として都市農業の性格を持つ一方、昔から伝統的に稲作が行われてきた。地元を知り、地元から信頼される農業委員さんが調整したから進んだ話。信頼関係がなければ農地は動かない」と話す。
 農地の賃借料や土地改良区の組合員資格と賦課金、用排水管理など、解決しなければならない問題も残るが、岩田会長は最終的に全農家から同意を得たい考えだ。「南陽地区は300ヘクタールが一体となって動いてきた。市街化の進展との調和を図りながら、農地の保全に努めていきたい」と力強く話す。

写真上=(上)「農地をまとめるのが夢だった」という長谷川さん (下)左上から右下の水路に沿って集約した県地区(集約前→集約後)

写真下=(上)「市街化の進展と農地の保全との調和を図る」と岩田会長 (下)1960年代から集約が進んだ南陽地区の農用地の状況(2014年当時)

 [2018-1-12]