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明治元年から150年 草莽崛起で農地を残し、活かそう

 今年は明治元年(1868年)から起算して満150年。政府は「明治の精神に学び日本の強みを再認識することは日本の更なる発展を目指す基礎となる」として内閣官房に「『明治150年』関連施策推進室」を設置。政府・自治体は、ちなんだ催しを各地で開催している。いつの世も故(ふる)きを温(たず)ねることは必要。農業の世界でも明治維新直後の地租改正、100年前は米騒動、75年ほど前は農地改革。半世紀ほど前は農振法制定と多くの事績に枚挙にいとまがない。
 そんな折、農業委員会や現場の農政関係者に思い起こすべき事績が明治20年代農商務次官などを務めた前田正名の取り組み。「殖産興業の父」と呼ばれ全国津々浦々を訪れ、地域振興に努め、その勇姿は「前田行脚」と称された。彼の言「今日の急務は国是・県是・郡是・村是を定むるにあり」に日本中の農村の担い手が奮起し「町村是運動」が巻き起こった。前田は現場の担当者のための手引き「町村是調査実践録」の刊行にも関与。これは、現在のアンケート調査マニュアルに相当する。後年の農村計画・地域計画、現在の市町村基本構想や人・農地プランの源だ。
 明治100年の1968年は、司馬遼太郎の「坂の上の雲」連載開始の年でもあった。当時、人々は司馬と共に楽天的に坂の上の空に一朶(いちだ)の白い雲を見つめて、坂を上って行けた。爾後(じご)50年日々の務めをいちずに励めば明るい未来が確信できる程楽天的にはなれないが、であればこそ修身斉家、愛郷の心を忘れたくない。
 吉田松陰は「草莽崛起(そうもうくっき)の人を望む外頼し」と語り、志士たちを奮起させ、回天の業を成就せしめた。今この「草莽」を農業委員、農地利用最適化推進委員いや本紙の読者と置き換え、地域における貴重な資源である農地を残し、活かし耕し続ける取り組みを新たにしたい。

 [2018-10-5]