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移ろう農政と経営構造 平成農業の歩み 新たな時代「令和」へ

 来月から新たな時代「令和」を迎える。平成の時代に国内農業を取り巻く状況は一変した。押し寄せる貿易自由化の波、農業者の減少や高齢化、過疎化による農村の衰退。一方で、認定農業者制度が創設され、農業経営の法人化や6次産業化なども進展した。こうした国内外での情勢変化の中、農業政策や経営構造はどのように形を変えてきたのか。平成の終わりに、この31年間を回顧する。

 農水省は1992年(平成4)、「新しい食料・農業・農村政策の方向」――いわゆる「新政策」を打ち出した。国際化のうねりの中で、国内農業が目指す道筋を提示。中でも力点を置いたのが、「効率的かつ安定的な農業経営」の育成だ。新政策を契機に、経営感覚に優れた担い手の確保に向けた方針が明確化した。
 担い手に施策を集中する新政策の路線は、2009年(同21)の民主党政権への交代により、いったん軌道を変える。農業者戸別所得補償制度の導入だ。米の生産調整への参加を条件に、10アール当たり1万5千円を補助。中心的な担い手だけでなく、多様な農業者を対象とした。
 自民党に政権が戻ってからも名称と交付額を変えて続いたが、国による生産目標数量の配分がなくなった2018年(同30)産から廃止された。
 規制緩和も平成を象徴する動きだ。2002年(同14)には小泉純一郎内閣の下で構造改革特別区域法が成立し、農地の貸借に限り一般企業の農業参入を可能とする「農業リース特区」が導入された。
 「平成の農地改革」とも呼ばれる2009年(同21)の農地法改正は、農地の「所有」から「利用」へとかじを切る転換点となった。株式会社の農地賃貸借が幅広く可能となり、一般企業の農業参入に門戸を開いた。また、農地を面的にまとめる仕組みとして、農地利用集積円滑化事業が新設。そして、2014年(同26)には農地の面的集積を進める農地中間管理事業が創設された。
 「岩盤規制を打ち破るドリルの刃となる」。2012年(同24)に第2次安倍内閣を発足させた安倍晋三首相は声高に宣言し、岩盤規制の一つに農業を名指し。以降、官邸主導の規制改革論が熱を帯びた。2014年(同26)の規制改革会議(現・規制改革推進会議)農業ワーキング・グループの提言では、JAグループや農業委員会組織も矢面に立たされ、大きな波紋を呼んだ。
 大激論の結果、2015年(同27)に法改正となり、農業委員会の業務の重点化、農業委員の公選制廃止、農地利用最適化推進委員の設置などが行われた。また、JAの監査制度の見直しやJA全中と都道府県中央会の組織変更が決まった他、JA全農による農産物の直販強化や資材の流通コスト低減などの自己改革の取り組みが進められることとなった。

写真上=平成は担い手施策の強化にかじを切り、経営の大規模化が進んだ時代だった

写真下=法人化への機運が高まる中、日本農業法人協会の前身の全国農業法人協会も発足(写真は当時の設立総会)

 [2019-4-26]