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MY STYLE 伝統の自然薯をブランド化 高品質を無農薬で栽培 佐賀・唐津市 佐々木励さん

 玄界灘に面する佐賀県唐津市で、古くから住民に親しまれてきた「唐津自然薯」。近年は数が減り採る人はいなくなったが、ささき農園の佐々木励代表(42)は祖父と2代のリレーで無農薬栽培法を確立。有機JAS認証を取得し、一流ホテルのレストランと高値で取引する。

 唐津の自然薯は、夏目漱石の小説「吾輩は猫である」に唐津出身の友人の土産「山の芋」として登場する。きれいな温泉が湧く標高284メートルの鏡山と、その周辺の赤土で育まれる自然の恵みで、400年前の古文書にも載っており、江戸時代には藩への年貢として納められたという。
 農地開発やイノシシの増加などで数が減り、採る人はいなくなったが、35年前から栽培されるようになった。栽培法を確立したのが、励さんの祖父の正賀さん(故人)だ。農家仲間にも教え、JAに自然薯部会を立ち上げた。
 正賀さんは、もともと自然の物だからと減農薬で栽培していたが、これを有機JAS認証まで高めたのが励さんだ。
 励さんが正賀さんのもとに「弟子入り」したのは26歳のとき。交通事故で大けがをして職を失い、生き方を見つめ直そうとインドネシアを旅行中に高潮被害の現場に遭遇。自然に負担のかからない農業をしようと、就農を決意した。父は会社勤めで農業をしておらず、正賀さんが師匠になった。

 最初の5年間は正賀さんの下で修業し、3年連続で部会の最優秀賞を受賞した。6年目から意気揚々と独立し、完全無農薬を始めたが、結果は惨敗。種芋の腐れを克服することができなかった。周囲から借金までして取り組む励さんに、正賀さんは「人の人生まで狂わせるようなら、今年限りでやめろ」と諭した。
 悩んでいたとき、赤土を採取する山が大雨で崩れ、自生の自然薯がまっすぐ伸びているのを見た。「芋の生命力を生かし、生育環境を整えること」に気づき、無農薬栽培法を確立して有機JASの認証を受けたのは2012年。就農から10年の歳月が流れていた。 
 「最後のパズルがはまった」励さんは初めて営業に出た。地元のレストランに持ち込むと高く評価され、東京の有名ホテルの料理長を紹介された。そこからシェフのネットワークで取引先が拡大し、首都圏や関西圏の有名ホテルなど約50店舗と取引するまでになった。いずれも有名店で、レストランのミシュランの星の合計は、100を超えるという。
 30アールの畑で栽培する励さんの「唐津自然薯」は、ゆり根のような甘さで、粘りが強く、通常の倍の日持ちがする。市の「唐津ブランド」に認定され、通常の4倍のキロ4千円の高値だが、注文に応じきれない状況だ。

写真上=「自然薯づくりは作業の一つ一つが職人」と話す励さん

写真下=励さんの「唐津自然薯」は高級ブランドとして贈答品にも使われる

 [2019-4-26]