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東日本大震災

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ふるさとに戻れる日に向け岡山の優れた技術身につけたい 福島市出身 永倉隆大さん(20)

 東京電力福島第1原子力発電所事故による風評被害が続く中、ふるさとに帰らず、岡山県で果樹研修を続ける決意をした青年がいる。この春、岡山県農業大学校(三田範夫校長)を卒業した福島市出身の永倉隆大(ながくらたかひろ)さん(20)だ。受け入れたのは独自のモモづくりを実践する同県総社市の生産組合(7戸)。永倉さんはそうした支援に支えられ、「福島に戻れる日に向け、岡山の優れた栽培技術を身につけたい」と腕を磨く日々を送る。

風評被害と闘う家族置き果樹研修――苦渋の選択
 永倉さんの生家は福島市飯坂町(いいざかまち)でモモ、ブドウ、リンゴなど2.5ヘクタールを栽培する有数の果樹園。果物やジュースの宅配を始め、ブドウではオーナー制を導入するなど、消費者重視の生産を続けてきた。
 だが東日本大震災による原発事故で、深刻な風評被害に見舞われた。果樹園だよりで「安全で安心な果物でなければ絶対に出荷しない覚悟です」と必死で訴えたが、売り先が消え、単価が大幅に下落した。
 岡山県で栽培技術を身につけようと前年から農業大学校で学んでいた永倉さんは、卒業後どうするかで悩んだ。放射線量は低いにもかかわらず、風評被害は収まらず、家族からは「福島は(果樹栽培が)難しい」と言われた。「ぼく自身、もっと岡山で果樹を勉強したかったので」と決断の理由を明かす永倉さんだが、風評被害と闘う家族を置き、一人遠く離れた地で研修を続けるのは苦渋の選択だった。

被災者支援プロジェクトを活用
 そうした中、同じ果樹産地として福島県の生産農家と以前から交流があった「総社もも生産組合」(秋山陽太郎組合長)が手を差し伸べた。岡山市の農産物販売会社(有)漂流(ひょうりゅう)岡山(阿部憲三代表取締役)が手がける被災者支援プロジェクトを活用。永倉さんを研修生として受け入れることにした。

 [2012-8-10]