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東日本大震災

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あの津波から生還“みやのうの牛”児童向けの本「命のバトン」発行へ 繁殖・肥育農家の堀米薫さん執筆

 胸をふさぐ知らせが続く震災直後の被災地で、多くの人の心を温めた“みやのうの牛”。津波から生還し、生徒たちがつないだ命の軌跡が、15日に児童向けノンフィクションの本「命のバトン」として発行される。執筆した繁殖・肥育農家の堀米薫さん(54)は「命や食べること、農業とは何かを考える機会にしてもらえれば」と投げかける。

 あの日、東日本の沿岸部を襲った津波は、海岸から約1キロにある名取市の宮城県立農業高校(みやのう)にも10メートルの高さで押し寄せた。校舎は2階まで波にのまれ、実習用の畑や牛舎も黒い濁流に流された。生徒は屋上に避難して助かったが、飼育されていた34頭の乳牛は、首輪を外すので精いっぱいだった。押し流され絶望視された牛たち。しかし、津波の後、傷だらけになりながら1頭また1頭と帰ってきた。遠く離れた町中で住民に保護されていた牛もいた。全部で14頭が生還した。
 堀米さんは「一筋の光が差したような気がしました」という。震災発生時、堀米さんは同校と同じ名取市のショッピングモールにいた。津波の恐怖の中を必死で逃げた記憶、そして“牛飼い”としての家畜への思いが心を揺さぶった。
 27年前に宮城県角田市の専業農家に嫁いだ非農家出身の堀米さん。夫の荘一さん(53)と肉牛150頭を営んでいたが、震災から生活が一変した。飼料の運搬が滞り、餌として与えていた稲ワラから放射性セシウムが検出され、3か月の出荷停止を余儀なくされた。“セシウム牛”と呼ばれたことは忘れられない。
 「知らなかったとはいえ、汚染された稲ワラを与えてしまったことは本当にくやしいです。でも、私たち農家は食べ物を、命を育んでいるんです。“セシウム牛”などという人は、自分がほかの生き物に生かされていることへの敬意がないのでは」と憤った。
 それだけに、「みやのうの話を絶対に書かなければならない」という思いが募った。震災4か月後から生徒や先生への取材を始めた。みやのうの生徒たちはたくましかった。校舎が使用できないため、3校に分かれての授業。自宅が被災した生徒も多い。それでも、目標としていた県の共進会へ出ることをあきらめずに練習を続けていた。
 堀米さんは、牛や食をテーマにこれまで児童書を4冊著作している。「動物が助かってよかったよかったというだけの話は、牛飼いである私が書くべきではないと思っていました」と考え、生徒や先生の思いに迫ろうと聞き取りを重ねた。
 あるとき、人一倍牛へ愛情を注ぐ女子生徒が「牛は、どんなにかわいくても肉になる時が来ます。食べられることで私たちの命になるんです」と堀米さんに語った。命のつながりこそ本のテーマだと悟った。
 「震災があっていいことなんて一つもありません。でも、災害があったからこそ見えたものがあるのかもしれない」。堀米さんは最近になってそう思えるようになってきた。自分が農家になって身に付けた周囲に生かされているという感覚を、みやのうの生徒たちと共感できたからだ。
 堀米さんは子どもに読んでもらいたくて、児童文学とすることを選択した。「これからを生きていく子どもたちにこそ知ってもらいたいんです。命の現場はここにあるんだよってことを」と優しくほほ笑んだ。堀米さんの強い希望で、巻末には家畜の被害状況が掲載された。バトンを渡せなかった命にも思いを寄せて欲しい、堀米さんのささやきが聞こえた気がした。

写真上=自宅の牛舎の前でみやのう生と(堀米さんは左から2人目)
写真中=「命のバトン ―津波を生きぬいた奇跡の牛の物語―」(佼成出版=電話03・5385・2323、本体価格1500円)
写真下=津波にのまれる「みやのう」の校舎(同校提供)

 [2013-3-8]