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東日本大震災

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町長ら1,281人の死者・行方不明者を出した岩手・大槌町 支援に感謝 頑張る姿 見せたい

被災農家の心一つに 町地域農業復興組合
 町長をはじめ1,281人の死者・行方不明者を出した岩手県上閉伊(かみへい)郡大槌町(おおつちちょう)は、海岸線から約1キロの町中心部が津波に襲われた。農地や農業施設の被害もおびただしく、農業関連被害額は6億円を超えた。あれから2年、急ピッチで復旧が進む町で、被災農家も立ち上がり経営の再開を始めた。

 「復興のきっかけとまでは言わないが、私たちが頑張った成果なのは間違いない」と笑顔を見せた大槌町地域農業復興組合の阿部和子さん(50)。手には摘み取ったばかりのイチゴが握られている。
 同復興組合は、震災から10か月後の昨年1月に、5人の被災農家で作られた。農地や農機を津波に流されたメンバーは、それでも営農再開への意欲を失っていなかった。共同でがれき除去や水路の復旧を行い、昨夏から、同町では初の水耕栽培によるイチゴ作りに取り組んできた。
 ここまでの歩みは平たんではなかった。メンバーの中には、家を流され仮設住宅から通う人もいる。阿部さんも田やハウスが津波にのまれ、がれきにまみれた。「しばらくは茫然自失。何もやる気が起きなくて」と遠くを見上げる。震災前は、野菜や米、果樹のほか、耕作放棄地でのソバ栽培など、専業農家として地域農業の発展に尽力してきた。それだけに受けた衝撃は大きかった。
 岩手県の太平洋岸に位置する同町は、11メートルの津波に襲われた。町役場、図書館、多くの商店、町の中心部はあっという間にがれきと化した。2年たった今も津波の傷跡が生々しく残る。基礎部分のみが無残にも残る住宅地。町の中には、いたるところにがれきや鉄くずが積まれている。40人の職員が亡くなった役場の時計は、津波が到達した時刻だろうか3時半過ぎで止まったままだ。
 落胆した町民を励ましたのは、全国から集まったボランティアだった。大学生から外国人までさまざまな人たちが、縁もゆかりもない大槌町のため懸命に働いていた。目茶苦茶になったハウスのがれきはすぐに取り除かれた。「みんな元気で明るくて。自分も何かしなくてはと思うようになった」と阿部さんは感謝する。
 2月下旬、60アールのパイプハウスに植えられた1800本の「紅ほっぺ」と「さがほのか」が、収穫の時期を迎えた。阿部さんは、「支援してくれた人たちに配ってたら売る分は残らないかも」と冗談交じりに話した。それだけ感謝の気持ちが大きい。県、町、町内と他市町村の生産者、花巻市認定農業者協議会、施設メーカー、種苗会社、ボランティアなど、多くの協力が実らせたイチゴだった。
 同町産業振興部農林水産課主査の臼澤洋喜さんは、復興組合設立時から活動に携わってきた。「どうなれば復興といえるのか私たちには分からない。ただ、この組合が被災農家の心をまとめた。将来的に町の農業を担っていくのは間違いない」と話す。産地化に向けて、栽培面積を拡大していければと考えている。
 大槌町の負った被害は大きい。それでも、被災地の農業の火は消えていない。阿部さんは「これ以上望めないほどの支援をもらった。今度は自分たちが頑張っている姿を見せる番」と拳を固く握った。

写真上=「営農意欲は流させない」と復興組合のメンバー
写真中=本格的な収穫はこれから、色づいたイチゴを探す阿部さん
写真下=町役場跡には献花台が設けられている

 [2013-3-8]